2017年6月30日の対談



Y: 健さん、こんにちは。 

Aloha健:  Aloha!

Y: 蒸し暑い日が続きますね。 ところで、健さんは毎日自由にサーフィンをしていますよね。 満たされていますか? 

Aloha健: それはそうやな!ははは! でも「自由に」と言われると少し違うな。 

Y: その自由さを得るために、不自由なこともあるということですか?

Aloha健: いやいや、それもなんか違うなぁ。

Y: じゃあ、いったいどういうことなのですか?

Aloha健: インド人のアマルティア・センって知ってる?

Y: アジア初のノーベル経済学賞を受賞した人ですよね。

Aloha健: そうそう、社会制度として自由主義が可能かどうかという話で、「自由主義のパラドックス」という分かりやすいセンの例があるから紹介するよ。AさんBさんがいて1冊の本がある。Aさんはこの本を嫌い読みたくない。しかしBがクスクス言って読むことはさらに耐えられず迷惑だと思っている。一方、Bさんはその本が大好きで、面白いから自分が読むより優先的にAさんに読んでほしいと思っている。行動の選択を、Aが読む(A)、Bが読む(B)、誰も読まない(O) とすると、Aさんの選好の順序はO>A>B、Bさんの場合はA>B>Oとなり、二人共通なのはA>B・・・(1)となる。またこの二人からなる自由な社会で個人の自由選択をすると、Aさんの場合「こんな本は読みたくない」のでO>A、Bさんは「読まないより読んだ方が楽しい」のでB>O、この二つを合わせるとB>O>A・・・(2)、(1)と(2)を比較するとまったく逆になる、という事態や。これはどういうことかというと、どの選択肢も選択できそうで選択することが出来ず、自由に選択しているはずが選択の矛盾に突き当たる、ということや。「自由とは難しい」とセン先生がセンセーショナルに宣誓してるんや、がははは!ほな波が俺を呼んでるし、波乗り行ってくるわー マハローさいならー

Y: (親父ギャグを言う自由は選択していいんやな)